幼少期のお稽古ごと サッカー

前回、「お稽古ごとなんてしなくても良い」と書きましたが、子供に合ったお稽古ごとなら、やるのは大変良いことです。メルクマールは、

  • 子供が楽しんでいるか、
  • 子供が集中しているか、

です。そういう意味で、サッカーは、かなりお勧めです。

  • ボールを蹴るので、ストレス発散になる。
  • 走り回るので、動き足りない子にとってストレス発散になる。
  • 運動神経を鍛え、体を丈夫にすることができる。
  • ボールやチームメート等の動きを逐次把握し予測することを繰り返す中で、空間認知能力や予測能力を鍛えることができる。
  • ボディタッチが多いので、少々のぶつかり合い程度ではへこたれないようになる。
  • 自分から考えてボールを取りにいかないといけないので、どうやってチームに貢献するか、どうアピールするかを考える力や、積極性が身につく。
  • コーチの話をよく聞いて練習するのに、集中力と理解力が鍛えられる。
  • うまくなるために、自分から練習する場合、どうすればうまくなるのか考えるので、工夫する力がつく。
  • 瞬時の判断が求められるので、判断力と集中力がつく。
  • チームで戦うので、チームワークを実感できる。
  • チームの中核になればリーダーシップを学ぶことができる。
  • 試合で緊張する中、力を発揮する経験を積むことができる。
  • 勝ったり負けたりする中で、負けも一度受け入れ、気持ちを切り替え、次につなげることの経験を積むことができる。

家でだらだらと勉強をさせる位なら、サッカーをした方がずっと脳にも良いように思います。 

ただし、ある程度高学年になってくると、サッカーを辞めるという選択肢もあるように思います。私が気になるのは、次のような点です。

  • チームとして勝つためには、常にベンチという選手が出て来る。下手なら試合に出られないのも仕方がないという考え方は、子供にも共有してほしくない。
  • 仮に常にベンチとなった場合は、他のスポーツをやるかチームを変わった方が時間を有効活用できる。
  • 強い子と弱い子の間で力関係ができてしまう場合がある。
  • サッカーチームに入っている場合、学年があがると毎週のように試合があり、ほぼ毎日拘束される。予定がある場合は休めばいいが、(あまりうまくない場合は)休むとポジションを取られてしまう心配が出たり、(強ければ)チームメートに迷惑をかけることもあるので、休みづらい。結局、サッカー以外のことは何もできなくなってしまう。
  • 学年があがってくると、サッカー以外の方法、例えば読書などを通じて学習する方が楽しくなってくる場合もある。
  • 試合が増えてくると、コーチの目線が、一人ひとりの成長よりも、チームとしての勝利に傾く場合がある(うまい子優先、短期的な目線の指導等)。

サッカーの場合は、一度やめても、中学の部活や体育の授業などでも必ず選択できるものなので、再開しやすいかもしれませんね。

お稽古事を何もしないという選択

お稽古ごとを何もしていないというお子さんはいらっしゃいますか?お稽古事を何もしたことがないというお子さんはとても珍しい時代になりました。幼稚園時代、平日すべてお稽古ごとで埋まっているお子さんも多かった。これは、一人っ子が増えた今、毎日数時間、幼児の相手をする位なら誰かに預けたいという親の都合を反映している面もありますが、多くは、子供の成長を考えてお稽古ごとをさせていると思います。

実は、長男はお稽古ごとをしていません。中学受験と大学受験、始めてのお稽古ごとは小学校4年生。学童をやめてしまったので、その代わりとして、英語とピアノの家庭教師を頼んだのです。でも、中学受験が始まりましたので1〜2年でやめてしまったので、あまり身についたとは言えませんでした。

どうして何もしていなかったかと言えば、共働きで親に余裕がなかった、子供も行きたがらなかった、というだけの理由です。できれば、何かを身につけさせてあげたかったという思いがあるので、次男にはいろいろやらせてみているのです。

けれども、長男が大人になった今、稽古事を何もしないという選択にもメリットがあったのではないか、と最近感じています。

それは一言で言えば、自分に合った道を、自分の考えで、選択することができる、ということです。

例えば、サッカーを一生懸命させた場合、実はその子は卓球の方が向いていたとしても、何年もやってきたサッカーをやめて卓球を始めるのは勇気がいることです。もったいないと思ってサッカーを続けてしまうかもしれません。

長男は、何も得意なことがなかったので、すべて白紙で選択することができました。小さい頃は、何にも手を伸ばさない子、学校の先生からすると、何にも関心を示さない、やる気のない子だったかもしれません。けれども、そのお陰で余計なエネルギーを使わないですんだ。高校2年生の時に、突然、非常にマイナーな芸術関係のことをやり始め、文化祭で大成功、クラブまで設立してしまった、ということがあります。これまで99の刺激があっても反応しなかったのに、この最後の1の刺激には猛烈に反応した。あれもこれもやっていて、忙しかったら、最後の1の刺激に反応して、チャンスをつかむことはできなかったでしょう。

大学でも同様のことがあって、何のスポーツもしていなかったので、非常にマイナーなスポーツを選んだ。これも感覚的に選んだと思いますが、本人に合っていたようで、日本代表選手に選ばれています。スポーツが得意な家系ではありませんので、本人がうまく選択したとしか良いようがありません。

幼少の頃にトレーニングした方がいいこともありますが、何もしないことで、子供の可能性が広がる場合もある、だから、今何もやりたがたないお子さんがいたら高校2年生まで待っていてあげてほしいと思います。

理科好きを育てる

中学受験の理科では、暗記力、算数の力、そして論理的に考える力が問われます。算数が得意で推論問題が好きなら、あとは暗記だけなので、長男の場合、4科目中、最も負担の軽い科目でした。

「理科は楽だった、うまくいった」と思い込んでいたのですが、実は思わぬところに落とし穴がありました。大学進学にあたり、理系というところまではすぐに決まったのに、やりたい学科がない、と言うのです。

もともとは、生物好きで、小さい頃はいろいろな生き物を飼い、あちこちに生き物探しにでかけました。当然そういう方面に進むのではないかと思っていたのですが、ミクロの世界は嫌いだそうで、生物系は選択肢から外れてしました。では工学系、となる訳ですが、数学が得意だけども、おもしろそうだと思える学科がないと言うのです。

結局、長男は、「なるほど」と思える学科を自分で見つけて進学していきましたが、この時思ったのは、「この科目が得意だ」というだけで安心してはいけないということです。大事なのは、「これをやりたい、もっと知りたい」という気持ち。これがないと、いくら得意でも続かないのです。

子どもたちを見ていると、興味関心の根っこは小学生低学年くらいまでに現れます。でも周りが気づくようになるのは、高校生とか大学生の場合もあります。

次男の場合、長男と反対に生物に全く関心がない。でも、「どうして物は落ちるの?」的な、原理原則的な質問が多かったので、実験教室に入れました。本当は親が一緒にいろいろ実験できればいいのだけれども、それだけの能力がないので、試行錯誤をたっぷりさせ、自由に意見を言い合うことができる雰囲気の教室にお世話になっています。

塾に行っても、実際に実験ができる訳ではありません。少しできたとしても、短時間で結論を覚える方向にいきがち。こうかな、ああかな、と考えて、実験してみて、違ったからまた少し変えて実験してみて、と飽きずに繰り返す力が理系では必要だと思うので、入塾前の時間があるうちに、そうした経験を積んでおくのは大事だと思います。

もちろん、知識も大事なので、博物館に行ったり、NHK番組や科学系の雑誌、漫画などを大量に読んでおくのも、関心を引き出すのに非常に有効です。この意味でも、読書好きであることが大事です。

 

歴史好きを育てる

中学受験塾では、5年生の2学期に歴史を一通り勉強します。社会科は得点差が付かないということもあり、基本的に、普通の暗記力があれば困るということはないでしょう。

それなら、それまで何もしなくてもいいのか?受験のためなら、そうかもしれません。しかし、理系の場合、中高で近現代史をしっかり勉強する機会が欠けている場合も多いことを考えると、一人の人間として、歴史に対する興味を持ってほしいと思わずにはいられません。

子供は、小さい頃ほど好奇心旺盛で、一つのことに対して深く感動する。だから、幼児期から少しずつ歴史に触れさせることを考えても良いと思うのです。

次男の場合、サッカーが好きだったので、日本と諸外国というものがあることを早くから知りました。その時に、「どうして日本という国があるの?外国のいろんな国はどうして、そういう国なの?」と素朴な疑問を持ったのです。「どうやって日本人ができたのか、国境はどうやって今の形になったのか?」すぐに答えることができませんでした。「それは歴史を勉強すればわかるよ」と答えて、歴史をどうやって教えればいいのか考え始めたのです。

最初に与えたのは、朝日新聞社が出している歴史上の人物漫画。薄いし、人物というところに子供は食いつきました。それから、いわゆる歴史マンガを何種類。ついで、歴史上の人物の伝記本、文学作品(平家物語等)、NHKの歴史番組などを見せました。興味を持った人物がいれば、お城や史跡、博物館なども周りました。男子の場合、ヒーロー番組の代替として歴史が好きになる場合もあると思うのですが、それだけだとアンバランスかと思い、戦争や公害に関連する場所にも行きました。子供の中では、「どうして戦争が起こるのか」等々の疑問も生じたようで、そうした問題意識が、さらに公民分野を勉強する時の動機になれば良いと思います。

 

文系で法律や経済、政治などを専攻する場合、最初の興味のきっかけは歴史ではないかと思います。中学受験を経て中学に入っても部活や行事で忙しい日々が待っていますから、できれば低学年のうちに、歴史への興味だけでも持たせてあげたいものです。

 

算数オリンピックへの参加

  • 中学受験、特に男子校で合否を分けるのは算数です。

長男は3年生まで何も勉強していなかったのですが、次男は小さい頃から数字を見ると興味を示す子だったので、少しずつ計算を教えることにしました。

教えると言っても、数字を書くのではなく、自然の会話の中で少しずつ教える感じ。よくやっていたのが、どこかに移動する自転車の上で、クイズを出す。やり方は一切教えずに、少しずつ難しい計算問題を出していきます。幼稚園の時によくやっていました。

小学生になると、スマイルゼミというiパッドを利用した通信教育を受講して、九九の暗記から割り算(4〜5年生相当)まで、ゲーム感覚でざっとやりました。次男はゲーム機を買ってもらったと錯覚して、一生懸命取り組んでいました。

算数が得意だと自信を持った次男は、どこからか算数オリンピックというものを聞いてきて、どうしても参加したいと言い張りました。小さいうちから、そんなものに出る必要はないと思いましたが、本人がやりたがったので、参加。それなりに成果を出しています。

けれども、事前に勉強したのは過去問を数年分やったくらい。計算ドリルも、パズル系の問題集も一切やっていないのです。それでもある程度できているのは、おそらく、遊びの中で算数脳を鍛えているからではないかと思います。例えば、トランプ、囲碁、将棋、五目並べ、オセロ、人生ゲーム、モノポリー、アルゴ等。難しい解説書を読むのも脳の訓練になるし、勝負事自体が論理力とか判断力を、楽しく鍛えてくれる面があると思います。

算数オリンピックの問題は、算数力だけでなく国語力もかなり問われます。思考力だけを試す良問だと思います。

問題を解いたら、正解か不正解かだけを伝える。解けるまで自分で考えます。途中で諦めて放棄しても構いません。考えること自体が勉強だからです。何ヶ月かしてあらためて取り組むと解けることもあります。

注意するのは次の3つだけ。

  • 問題文をよく読む。
  • 書き出す。図を書く。
  • 見直しをする。

ちなみに長男が図形に強いのは、ひたすらレゴブロックで遊んだお陰だと思います。

漢字の勉強

小学校の勉強で、唯一自宅学習が必須なのが、漢字の書きだと思います。本を読む子は、「読み」はいくらでもできたりしますが、「書き」は練習しないと、できるようにならない。学校でも、漢字テストはするけれども、覚えるのは宿題任せだったりします。

個人的には、漢字は読めれば良いのではないかと思っているのですが、受験を考えると漢字の「書き」にそれなりの労力を費やす必要がある。漢字の書きの練習時間を作り出すために、お稽古ごとをやめたりするのは馬鹿らしいので、早めにやっておいた方がいいように思います。

漢字学習のコツは、一字ずつ覚えるのではなく、1学年分の全漢字を次の順番で学習しています。

  • すべて読めるようにする。
  • すべて書き順どおりに書けるようにする。
  • すべて、訓読みで書けるようにする。
  • すべて、音読みでも(熟語)でも書けるようにする。

ある程度、短期間に繰り返した方がいいので、漢字検定に合わせて3ヶ月程度で覚えてしまいます。一日4文字ずつ、2分程度の勉強です。もちろん、忘れるのだけど、だらだらやり続けるのは、子供にとってもストレスになるし、学校や塾でも繰り返すのだから、ざっとで良いのです。一度覚えたものを思い出すのは、初めて覚えるより、ずっと楽です。

ちなみに、長男も次男も、小学校入学時に、平仮名すらろくに書けませんでした。そういう子はクラスで1〜2名です。書く練習が嫌いだったのです。次男はカルタが得意なのですが、百人一首を練習したら、漢字を覚えるのも得意になり、あっという間にかなり上の学年の漢字も書けるようになりました。

今は、3歳から文字の練習をさせる場合が多いけど、必須ということはないように思います。次男の小学校が宿題を一切出さない、というのも、非常にありがたいことです。

読書の習慣をつけるには

読書の習慣をつけることは、受験のためというよりも、その後の人生のために、とても重要だと思います。

極端なことをいうと、受験のために、大量の読書は必要ないかもしれません。長男が本を読み始めたのは4年生と非常に遅いのですが、受験勉強で大量の活字を読むことで6年生の時にはそれなりの読解能力が身についていました。でも、今でも読書の習慣がないので、知識(や思考)が広がっていかないのです。

国語を勉強する目的は、読解問題を解いたり、作文の能力を身につけることだけではない。本を読んだり、文を書いたりしたい、という気持ちを育てることも大事です。

そのためには、読書の習慣!

長男がどうして読書の習慣がないのか、というと、実はそれは親のせいでもあります。読み聞かせをしていない。共働きで疲れていたので、ムニャムニャお話をする程度でした。

次男の時には、多いに反省し、読み聞かせをかなりやりました。読み聞かせを大量にしなくても自然と本の向かうお子さんもいるかもしれませんが、一般に男子はなかなか本に向かいません。次男も、幼稚園の時まで、一日何時間も読み聞かせをしましたが、自分ではあまり読みませんでした。

小学校に入って、マジック・ツリーハウスなど、シリーズものをいろいろ読むようになりましたが、初めての本には、なかなか手を出しません。そういう本は、最初の部分だけ、まだ親が読み聞かせをしているのです。

こどもが関心のある分野を察知して、興味を持ちそうな本を借りてきたり、買ってきて、さりげなく、でも目につく所に置いておいたりするのも、大事な仕事です。自分でも借りてきますが、まだまだ親の助けが必要です。

小学6年生までは、親が読み聞かせをした方がいいと聞いたことがあります。読書指導的なものは、中学、高校になってもやった方がいいですね。

読書習慣をつけるのは、ものすごく大変なのだけど、それだけの価値があるように思います。受験のための読書ではないけれど、読書をする子は、理科や社会の知識も自然に身につくので、受験自体も楽だろうと予想しています。